次世代燃料船で何が変わる?

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国際海運のゼロエミッションに向けたロードマップより

ゼロエミッション船という言葉を耳にしたことがあるでしょうか?

温室効果ガス排出量を削減するため、二酸化炭素を排出しない水素やアンモニアを燃料として、推進力を得る次世代船のことです。

今回は、これら未来の船が登場することで一体何が変わるのか、見ていきたいと思います。

船舶推進力の歴史

人力推進力の時代

船といっても、その種類は様々で、当然のこと大きさも異なります。

人類史においてはじめて誕生した船舶は、木造のイカダのようなものだと考えられます。これらは当然、推進力として自らの手や足で漕ぐしかありませんね。

※もちろん、はじめは木の枝や切り落とした丸太にそのまま乗るしかなかったでしょう。

その後、木材を加工し、より効率よく推進力を得るようになります。カヤックやカヌーに乗ったことがあるなら、オールやパドルを利用し楽に前へ進めることがわかるはずです。

当然、船体も加工され、波への抵抗も減少しているはずです。

この時期の船は、重要なこととして、その推進力は主として人に依存していたことがいえます。

風力による推進力

さて、人類は新たな推進力として風力に目を付けます。wikiによると、紀元前3500年頃に帆船が登場したとされてます。

この当時の帆船は長距離では風力で、近距離では両舷に備えられたオールを漕ぐという、人と風のハイブリット型でした。

帆船は紀元前から19世紀までの長きにわたり主流であり、中でも19世紀は歴史上最も多くの帆船が建造されたとしています。

蒸気船の登場

さて、人類史上において大きな転換点となった1つに、産業革命があります。18世紀半ばから19世紀に生じたもので、この時期に蒸気船が登場することとなります。

※なお、蒸気船はこれまでの人力や帆船と大きく異なるため、汽船とよばれることとなります。

世界最初の実用蒸気船は1780年代に建造され、1800年代に外輪式蒸気船を開発し、実際に人を輸送してます。

また、今でいうタグボートも当時の推進力は人力か帆走でしたが、小型蒸気船の開発に伴い導入されていきました。

※湾内の操船が小型蒸気船に任せられるようになったため、外洋航行に最適化された大型帆船(いわゆるクリッパー)が登場したそうです。逆に言うと、湾内操船というネックのため、船舶大型化に歯止めがかかっていたともとらえられますね。

ただ、蒸気船が登場したとしてもなお主流は帆船でした。

当時の蒸気船は外輪船であり、その外輪の耐久性に難があったり、燃料たる石炭を積み込む港がすくなかったりなど、技術も環境も追いついていなかったわけですね。

※1850年の船舶総トン数では帆船が9割を占め、蒸気船は残り1割だったそうです。

その後、スクリュープロペラが実用化され、外輪船も姿を消していきます。

ディーゼルエンジンの登場

1892年、ディーゼルエンジンが世に登場することとなります。

1900年代から試験的に小型船に導入され、第1次大戦では潜水艦の主導力として活躍します。

特に、第1次大戦により汽船が大量に沈没した事で一気に更新され、帆船も蒸気船も衰退することとなりました。

現在の主流はディーゼル機関などの内燃機関となっております。

船舶推進力の歴史

簡単ではありましたが、船舶の推進力はこのような変遷をたどっていたことが理解できました。

人力⇒風力⇒機関という流れで、特に帆船は紀元前3500年前から19世紀までの長きにわたり主流となっておりました。

イノベーション論にはインクリメンタルイノベーションとラディカルイノベーションというのがあります。

ラディカルは根本から異なる革新であり、ボックス型の携帯電話からガラケー、そしてスマホへの移行のようなものだと思ってください。インクリはいわゆる改善です。

船に関して言うと、人力⇒風力⇒機関というのがラディカルの流れで、手漕ぎからパドル、帆の増量や大型化、外燃機関から内燃機関への移行がインクリということができます。

次世代燃料船で何が変わる

では、水素やアンモニアを燃料とする次世代燃料船で、いったい何が変わるのか。

これから見ていこうと思います。

目的は生産性ではなくGHG削減

先ほどまで見てきた推進力の歴史ですが、これまでの目的はいかにして生産性を上げるかに焦点が置かれてました。

手漕ぎよりも風力のほうが当然早く、船体もおおきくできます。そして帆船よりも蒸気船のほうがより早く目的地に到着でき、外燃機関よりも内燃機関のほうがコンパクトで燃費が良いです。

では、水素やアンモニアを燃料とするとどうなるのか。

出所:国土交通省 国際海運のゼロエミッションに向けたロードマップ よりロードマップ概要説明資料

まず、次世代燃料船最大の目的は生産性の向上ではなく、GHG(温室効果ガス)の削減にあります。このため、次世代船の燃料は現在の重油ではなく水素やアンモニアになっているわけですね。

図のように、この燃料は船上CO2の排出がゼロと、GHG削減に沿っていることがわかります。

重要なのは、これまでの生産性重視ではなく、地球環境の保護が目的になったことです。まさに、大転換にほかなりません。

課題は残る

GHG減少の必要性は理解できますが、その課題も多く残ります。

技術的要因

まず、GHG削減というこれまでになかった考えを元にしているため、当然関連技術は不足しております。

出所:国立研究開発法人 海上・港湾・航空技術研究所 海上技術安全研究所より低・脱炭素燃料に対応する舶用動力システムに関する研究

例えば、水素タンクは従来の重油タンクと比べて4.5倍の大きさになり、船主にとってはコストにしかなりません。わざわざ優秀な既製品を使ず、技術的に浅い新製品を利用するしかないわけです。

そして、調達品のみならず、例えば水素船ではそもそも水素の供給インフラも整っておりません。水素燃料船が登場しても使えないのです。

こういう、製品技術・環境要因の課題が残ります。

調達側の問題

IMOなど世界的機関が取り組みを行ってますが、実際に船舶を購入するのは船主にほかなりません。

次世代燃料船は現状の重油船と比べて高額になることは間違いありません。政府ロードマップでは規制などの国際制度を作成し、導入を促進する予定ですが、船主に当該船舶の購入意思がなければ話になりません。

既述の通り、供給インフラが整っていない場合、いざ次世代船を購入しても運行できないのですから、当然購入することはないでしょう。

調達の意思が生じるような環境作り。これが必要になってきます。

ただし、政府としては2028年頃から第1世代ゼロエミ船の実践投入が開始される予定です。これから整備されるのでしょう。

造船業の体力

コロナ以前から日本の造船業は体力が厳しい企業が多くありました。そこにきてコロナ渦により、手持ち工事量が1年代に突入するなど、いよいよもって危ぶまれる状態になってます。

そのような中で、果たしてどれくらいの企業が次世代船の研究を行えるのか。

もちろん、政府は次世代船の開発に補助金を出す方針を固めており、2021年5月に法案が成立しました(造船・海運業の国際競争力高める支援盛り込んだ法案成立)。しかし、補助金があるといっても、中韓と比べ日本の造船企業は1社1船台、1ドックのように小規模であることに変わりありません。

そこで、日本では次世代環境船舶開発センターと呼ばれる、国内造船会社9社を含む共同開発事業が2020年に発足しました。今後もサプライヤーを含めて開発していくそうで、船舶の100%を国内で調達できる強みを生かせることと思います。

※このほか、今治造船は伊藤忠などと共同開発するなど、造船のみならず海運との共同開発も行われてます。GHG削減は造船や舶用機器のみならず、海運業を巻き込んだものとなっておりますね。

※出所:国土交通省海事局海洋・環境政策課「次世代船舶の開発」プロジェクトの研究開発・社会実装計画(案)について

おわりに

これまでのより早く、より遠くへという流れから、今回の次世代燃料船は大きく外れてます。最大の目標がGHGガス削減というように、人類は環境を重視しなければならなくなったわけです。

中韓と異なり、日本は船なしでは生きていけない国であり、当然海事産業を重視しなければならないはずなのですが、残念ながら日本の造船業は衰退の一歩をたどっておりました。

次世代燃料船は、これまで無視されてきた造船業を日本国として支援する絶好の機会であると同時に、造船業の再編を促せることと思います。

近年の造船市場はコンテナ船のロット発注が目立ち、バルカーの単発的な受注を主とする日本には厳しい環境下に置かれてます。特に日本は小規模造船業がひしめく一方、中韓では産業集約が行われ、造船市場は体力勝負のような事態に陥ってます。

この次世代船の開発をめぐり、今後競争が行われることと思いますが、日本の海事産業がどこまで協力できるのかは重要なことと思います。

かつてMIJAC(マリタイムイノベーションジャパン)という共同事業がありました。そえが成功か失敗化はわかりませんが、造船業のみならず舶用機器メーカーや海運業など海事産業の枠組みを超えた共同開発が良い影響を与えたことは言うまでもありません。

「過去の共同開発プロジェクトでは、参加企業の温度差や、一部企業の囲い込みなど反省点があったとみられるが、同センター有志の会代表の北村徹・三菱造船社長は「過去と現在では世界の造船業における日本の地位や、環境問題などの周辺状況が全く異なっている。これを考えると、(今回の動きは)わが国造船業の未来の浮沈を懸けた新しい挑戦と捉える」と語った。(次世代環境船舶開発センター、従来の「枠」超えた連携注目)」とあるように、日本造船業の疲弊はすさまじく、今後どこまで復活できるのか、期待するほかありません。

それでは。

コメント

  1. 匿名 より:

    今はまだコストの高い次世代燃料ですが、電気自動車が普及するようになりガソリンの需要が減れば石油精製の副産物である重油の供給も減って逆転する可能性もありますね

    • コメントありがとうございます!

      まさにその通りだと思います。
      既存のスタンダートに沿う形でインフラが整備された以上、現状では当然のこと重油のほうがコストは安くなっております。
      しかし、コメントの通り、海運造船業のみならず、原油を利用していたエコシステムの変化に伴い、逆転する可能性はあって当然だと思います。

      さすがに航空機燃料の変更は100年は先の話でしょうが、トラックの燃料なども軽油から水素、EVへの転換はそう遠くない未来の話だと思います。
      まさにこれからというものですね。

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