2020/6/4追記
残念ながら、日本勢は逃す結果となりました。詳しくはこちらの別記事にて。
はいどうも―、ことへいのお部屋です。
今日はカタールの国営石油企業がLNG船100隻を発注したことについてです。
発表自体は2019年のことで、新しくはないのですが、ここ最近受注企業が判明してきました
そこで、日本の造船業はこの波に乗れるのかを分析したいと思います。
~お品書き~
LNGとは
資源エネルギー庁より
また、国内輸送後は次のような流れで都市ガスとして我々に届きます。
そもそも、なぜLNGが注目されているのかを知る必要があります。LNGとは簡単にいうと液化天然ガス(Liquefied Natural Gas)のことです。天然ガスをマイナス162度に冷却することで液体化し、輸送が容易になるのです。
とても分かりやすいのが、このカタール通信第18号です。ぜひご覧ください。
上記リンク先に書かれている原油から天然ガスへシフトした理由は次の通りです。
・天然ガスは石油に比べ世界各地に広く、豊富に埋蔵されているため供給安定性が高い
・天然ガスが石油や石炭よりもクリーンエネルギーである。
安定供給:オイルショックの脅威
かつて、オイルショックというものがありました。石油機構が一気に料金を上げたのです。そのせいで世界的に原油の消費量が大きく減少し、それにより日本造船業がお得意だったVLCC(超大型原油タンカー)市場も壊滅的被害を受けました。このせいで日本造船業が死んだといっても間違いありません。
供給元が多数あるということはそれだけリスクが少ない事を意味します。オイルショックは原油を中東に依存せざるを得なかったから生じた事なのですから。
資源エネルギー庁より
一方で、原油とLNGはその供給体制などにまだ問題もあります。「天然ガスの世界市場が形成されない背景」という記事では、その設備投資額の大きさが問題とされてます。
LNGを運ぶ専用船
さて、このLNGは既述の通りマイナス162度を維持しなければなりません。そのため、LNG輸送専用の船が必要となります。これが、俗にいうLNG船のことです。
恐らく、このようなタンクが付いてた船を見たことがあると思います。これがLNG船の1つのタイプでモス型と呼ばれます。モス型のほかにもタイプがあり、代表的なのはメンブレン型と呼ばれるものです。
ちなみに、日本はモス型が多く、韓国はメンブレン型が多いです。
これら商船については、「商船三井のいろいろな船」のほか、下記書籍がおすすめです(アマゾンへリンクします)
LNG船市場で没落する日本勢
まず初めに、現在行動中のLNG船の数と、その建造元をたどってみましょう。The International Gas UnionがリリースしているWORLD LNG REPORT 2020にAppendix 3: Table of Global Active LNG Fleet, Year-End 2019(訳:付録3。2019年末時点の世界で航行しているLNG船一覧)があります。これを参考に見ていきましょう。
なお、建造した造船所に関しては以下に詳細を見ていきますので、ここでは国別に見るのみにします。
建造ランキング
出所:WORLD LNG REPORT 2020より作成。
※数値を表しておくと、日本113隻、中国23隻、韓国379隻、その他26隻です。その他にはフランスやスペインなどが含まれてます。
建造国を見ると、韓国勢が圧倒していることがわかると思います。
韓国は国策として造船業を支援しており、異常な船価で受注しております。日本がWTO違反だとして申し立てたのは記憶に新しいですね。
また、中国勢の参戦も伺えます。もはや中国企業もLNG船という高付加価値船の建造が可能となっているのです。これは極めて驚異的な話です。
実際、カタール国営石油のプロジェクトでは積載能力が17万4000㎡の大型船を受注しております。
※ちなみに、LNG船の最大船型はQ-MAX(カタールマックス)型と呼ばれ、積載能力は26万6500㎡です。あまりの大きさに、入港可能な港が限られてます。
一方の日本勢はこれまでに作った分があるため、航行中のランキングではまだ2位の位置にいます。
しかし、受注済みとなれば話は変わります。日本勢は圧倒的に新規受注が出来てないのです。その数は中国以下です。
出所:同上
これは、韓国の違法な料金設定も勿論原因の1つなのですが、LNG船は一度に大量に発注するのが一般的で、ロット受注に対応できない日本側にも問題はありました。
例えば今回のカタール国営石油は合計で100隻越えの発注を予定しており、中国に16隻建造を依頼しましたね。これは、逆にこれだけの数をさばけるだけの設備があるということです。
LNG船を作る日本企業
LNG船はこのように技術力が必要な船であり、建造できる会社も限られてきます。また、モス型はタンクを作る技術がものすごく高く、一部の企業にしか作れません。そのため、大きなLNG円形タンクを作れるのは、当たり前のように見えてとてもすごい事なのですよ。
さて、それではLNG船を建造できる会社を見ていきましょう。
出所:同上。
※日本:メンブレン20隻,モス87隻,SSP6隻
韓国:〃357隻,〃20隻,その他2隻
中国:〃22隻、〃0隻、SSP1隻
※SSP型(Self-SupportingPrismatic)は、SPB®(自立角型IMOタイプB)タンク方式を意味する。
日本ではJMU、川崎重工、三井E&S、そしてMI-LNGの4社が代表的です。
ただし、建造の主体が国内勢(MI-LNG、JMU)と国内外勢(川重、三井)に分かれてます。各社のLNG船供給力を見てきましょう。
JMU
まずは、おなじみJMUです。国内第2位の建造量を有する企業で、IHI、JFE、日立造船の商船部門と住友の艦船部門が結集した造船専業企業で、商船と艦船を建造してます。
JMUは旧IHIが開発したSPB型(Self-supporting Prismatic shape IMO type B:自立角型タンク)の建造を継続しており、メンブレン型も建造しております。
建造実績は旧ユニバーサル造船が2隻、旧IHI-MUが2隻、そしてJMUが4隻となっております。
ただし、JMUはLNG船で大きな損失を出しました。
LNG船の建造難航による工事費高騰を主要因とし、2017年度に694億円もの最終赤字を出した。「失敗の反省や確かな事業性分析が終わるまでは、LNG船の受注はしない」(JMU幹部)と明言する(韓国に価格で完敗、LNG船活況でも日の丸造船は「再編か撤退か」の瀬戸際より)。
MI-LNG
MI-LNGは三菱と今治がLNG船設計・販売を目的に作った企業です。先日JMUと今治が提携を発表した際にLNGを除くとされたのは、このためです。
三菱はオイルショックごに高付加価値船の建造へシフトしたため、早い時期からLNG船などのガス運搬船を建造してきました。そのため、日本産LNG船113隻の内、三菱製が59隻(MI-LNGを含む)を占めます。
※MI-LNG以前の三菱製LNG船は36隻(MILNGの情報が少なく、確定できません)。
一方、今治は5隻の建造実績があります。
実は旧中手企業で大型LNG船に参入した企業は少なく、今治の参入は大きな影響を与えました。日本では珍しいメンブレン型を採用しており、だからこそMI-LNGがモス型とメンブレン型を受注できてます。
2020レポートにはMI-LNGとしてLNG船の受注残はありません。また、三菱は香焼工場を大島造船所へ売却するなどの話が出ております。あまり先が明るいとは言えませんね泣。
三井E&S
三井はこれまで15隻の建造実績があります。モス型を主体に、一部メンブレン型を建造してます。
玉野と千葉に工場がありますが、2020年2月に千葉は造船事業を終了することが発表されました(千葉工場における造船事業の終了および希望退職者の募集に関するお知らせ)。現在は千葉にあるドック3基の内最大の2号ドック(長さ400m 幅72m 深さ12m)のみで建造を継続しており、1,3号は修繕やエンジニアリング事業に利用されてます。
玉野ではLNG船を建造できる設備がりませんので、必然的に国内でのLNG船建造は終了となりました。しかし、三井そのものがLNG船建造から撤退したというわけではありません。
以前、江蘇揚子三井造船有限公司の記事を書きました。
この中国の合弁会社でLNG船を建造していくのです。まだバルクキャリアのみですが、今後技術支援などをしていくのでしょう。
国内では艦船や官公庁船といった特殊船に注力し、海外で汎用船や高付加価値船などを建造する道しかもはや日本には残されていないのかもしれませんね……。
川崎重工
川重は31隻の建造実績があります。ちなみに、日本で初めて建造したLNG船は川重製だそうです。
国内では坂出工場を拠点に建造しておりますので、瀬戸大橋を渡ると眼下に見ることができます。LNG船が4隻系船されている事もあり、とても気分がわくわくします(笑)。
出所:船舶海洋事業の構造改革(説明資料)より(2017年3月発表)
川重は高付加価値船を国内坂出工場で建造し、それ以外の船を中国の合弁工場で建造してきました。なお、神戸の工場は潜水艦建造が主体で、商船はあまり建造されません。
中国合弁はDACKS(大連中遠海運川崎船舶工程)とNACKS(南通中遠海運川崎船舶工程有限公司)があり、特にNACKSは坂出と並ぶ建造の主力工場でした。
そして、川重は坂出の設備を削減し、中国建造をより一層強くする方針に決定しました。
出所:同上
まとめ
このように、日本では4社が建造可能な体制にあります。ただし、三菱と三井は大型工場を売却する予定で、建造力そのものは今後減少することとなります。
三菱が香焼工場を売却するとなれば、実質LNG船建造から撤退すると言えます。もしかしたら、MILNGの解体と、その後JMU今治提携にLNGが含まれ、そこに三菱の技術者が参加するということもあり得るかもしれませんね。
一方で、中国合弁で建造を進める企業は、技術力はあまりわかりませんが、船価は間違いなく安くなります。また、中国の国営造船所がLNGを受注している以上、少なくとも技術力に大きな問題はないと思われます。
国内の設備が減少し、海外シフトするのはとても悲しい事ですが、それをせざるを得ないほど疲弊しているのが造船業の現状です。
さて、今回の目的であるカタール国営石油の大量発注ですが、日本勢が大量に受注できることはないでしょう。カタールは過去にも45隻を発注しましたが、韓国が全て受注しました。その実績を崩せるだけの信用が日本にあるのか、それに対抗できる船価で提案できるのか。恐らく不可能だと思います。
一方で、今回は中国企業が一部受注しているなど、造船所を韓国に限定していないことが伺えます。もちろんカタールと中国間の政治的な都合上もあると思います。ただし、カタール国営石油の生産量の10%を日本が契約しているなど、政治的な都合であれば日本にも発注が成されることと思います。
ロイターから「カタール、LNG契約交渉で日本側に強硬姿勢 権益排除も」という記事が出ており、日本企業の影響力が高い事は間違いないでしょう。
このように政治的都合で日本側に発注される可能性は捨てきれませんが、たとえそうであっても韓国勢が大量に受注することは簡単に予想出来ます。
今後どうなるのかは、発表次第ですね。
コメント