皆さんは人間ドックという言葉を聞いたことがあると思います。このドックはdog(犬)ではなく、dock(船渠)のことで、もともとは海運造船業で用いられる用語です。
人が病気になれば病院へ行くように、そして健康維持のために定期的に検査をうけるように、船舶にも同様の制度、設備があります。
今回は船舶、中でも護衛艦の検査などを行う造船所をまとめてみました。
~お品書き~
護衛艦の検査について
人間であればほとんどの病院へ行くことができますが、船はそうはいきません。
船が全部入ることができるサイズのドックなのか、その造船所は修繕できる技術力があるか。特に、護衛艦は数百人が乗り込む特殊船であり、それだけの乗員が長期にわたり過ごすことができる施設(ドックハウスや食堂など)なども必要となります。
※佐世保重工業 ドックハウス新設(出所:西部支部メールマガジン第78号 賄所 (修理艦艇乗組員用生活施設) の新築)
さて、護衛艦がドックへ入渠するタイミングは規定で定められています(防衛庁訓令第43号船舶の造修等に関する訓令を次のように定める)。また、入渠できるドックは防衛省から艦修理資格を得ていることが必須となります。
たとえドックのサイズが足りていても、資格がない造船所であれば入れないことはよく覚えておきましょう。
定期検査
※海上自衛隊第4護衛隊群 公式ツイッター(護衛艦きりさめ)
定期検査は護衛艦の就役した日から5年を経過するごとに、その期間を経過する日の翌日前に開始しなければならないとされています。
また、この期間に海外で活動中など国内で検査をうけられない場合、前後5カ月の期間内に受けることとされています。このほか、防衛大臣の承認を得た場合、基準日の1年を超えない範囲まで延期することが可能です。
なお、定期検査の時期の前に大規模な改造や修理が行われる場合、同時に定期検査をうけることが可能です。
以上より、特別な事情がなければ護衛艦は5年ごとに1回ドックへ入渠こととなります。
期間
検査の期間については艦艇ごとに異なり、またシステムのアップデートや増改築などがあればさらに時間がかかります。
例えば、いずも型DDHは定期検査と同時に空母化への改造が行われており、数年以上の期間が予定されています。一方、護衛艦は約1年以内であるものの、艦型により6~12か月と差はあります。
また、この期間は定期検査全体の期間であり、全期間をドックで過ごすわけではありません。ドックは船底など普段見えない部分の確認、あるいは岸壁での作業が困難な場合に使われるべきであり、ドックに入れる必要がない作業であれば岸壁で行えます。
ドックにはおおよそ10ヵ月程度入渠することが予想されます。
年次検査
※海上自衛隊第1護衛隊群第5護衛隊公式HP 造船所での修理風景(年次検査)
年次検査は毎会計年度に1回行われます。事実上毎年行われるものですが、就役年度と定期検査を実施する年度には行われなくともよいとされています。
さて、定期検査と異なり、年次検査はドックへの入渠が必須ではありません。年次の目的は、部品の損傷や緩みなどがないかの確認や、各通信機器の送受信に異常がないかの確認のためだからです。
こういう作業はドックへ入渠する必要がないので、造船所の岸壁に係留され行われます。
なお、船体の状況によっては入渠しての作業も行われることがあります。
期間
目的が上記のようなこともあり、期間は1~2か月程度といわれています。
またドックへ入渠する場合も、船底の汚れを落とし再塗装するなどが目的であり、長期間のものではありません。
その他
計画的な検査が上記2つであり、そのほか予定外の検査や事故などで急遽入渠することもあります。
しかし、既述のように入渠できるドックは限られており、すぐに入ることが叶うわけではありません。
また定期検査などでドックが埋まっている場合、そもそも入ることができません。
では、実際に艦艇の検査など修繕作業を行う造船所を見ていきましょう。
※各種資料より著者作成
三菱重工
日本最大の重工業メーカーともいえる三菱重工は、言わずもがな艦船の建造及び修繕事業を行っております。
明治17年(1884年)、造船事業を本格的に開始したことから同社の歴史は始まり、戦中戦後も軍艦の建造を多数行ってきました。特に1番艦は同社での建造が多く、その技術力がうかがえます。
2023年現在、同社の造船事業は長崎造船所(長崎工場、香焼工場)、下関造船所、神戸造船所、横浜製作所で行われています。このうち、香焼は商船修繕、下関は商船建造、神戸は潜水艦の建造と修繕であり、護衛艦は無関係です。
また、旧三井E&S造船玉野艦船工場を傘下に収めたことから、同工場でも艦船の修繕を行っています。
長崎造船所 長崎工場
※2026年3月時点 グーグルマップ
長崎本工場とも称される同工場は、重工本体の護衛艦建造拠点であると同時に、艦船修繕の中心地でもあります。
建造船台1基、建造ドック1基、修繕ドック2基の計4基を有するものの、建造船台は資材置き場になっているとの投稿もあり、事実FFMもドックで建造されてきました。
一方、第3ドックはFFMの艤装に使われており、入渠が受け入れられない状況です。作成日現在は第2ドックのみで定期検査を行っているのではと予想されます。
もっとも、FFMの大量建造が完了すると再び修繕ドック2基で修繕を行えるようになります。
横浜製作所 本牧工場
※2026年3月時点 グーグルマップ
本牧工場はLNGガスタンカーや客船など商船の修繕で多数の実績があり、護衛艦の入渠も多々行われています。また、米海軍の補給艦や遠征海上基地艦など大型艦船の入渠も行われており、2019年には米海軍駆逐艦の定期整備を日本で初めて行いました。
設備は修繕用のドックが3基ありますが、ホームページから第3ドックが消されており、実質2基のみと予想されます。
三菱重工マリタイムシステムズ
※2026年3月時点 グーグルマップ
2021年、三井E&S造船の造船事業からの撤退に伴い、玉野艦船工場の営業譲渡を受けたのが同社です。
同工場は巡視船や補給艦などで多数の建造実績があり、建造ドック2基と修繕ドック2基を有してます。
ジャパンマリンユナイテッド(JMU)
空母型DDHやイージス艦などで多数の建造実績を持つJMUは2013年に創業し、現在は今治造船傘下の造船企業となっています。
住友重機械工業の艦船事業、IHIの船舶部門、カナデビアとJFEの船舶部門が経営統合し誕生した経緯から、同社もまた三菱と同様、国内最大級の艦船事業社であるといえます。
造船所は有明事業所、呉事業所、津事業所、舞鶴事業所、横浜事業所(磯子工場、鶴見工場)、因島事業所と多数に分かれており、護衛艦の修繕は呉、舞鶴、横浜-磯子、因島で行われています。
呉事業所
※2026年3月時点 グーグルマップ
旧呉海軍工廠がルーツの同工場は建造ドック2基と修繕ドック1基を有する造船所です。このうち、建造ドックは大型コンテナ船など商船建造で使われており、艦船事業は修繕ドック1基が対応しています。
主として護衛艦の修繕に利用されており、現在はいずも型2番艦”かが”が空母化の改造工事を受けています。
舞鶴事業所
※2026年3月時点 グーグルマップ
旧舞鶴海軍工廠がルーツの同工場は修繕ドック2基を有しており、どちらも舞鶴基地を母港としている艦船の入渠に利用されています。
もともとは建造ドック1基と修繕ドック1期の計2基体制で、商船の建造を行っていました。2021年に商船建造から撤退し、艦船修繕に特化した拠点となりました。
横浜事業所
※2026年3月時点 グーグルマップ
横浜事業所には磯子工場と鶴見工場の2工場があります。鶴見は掃海艇などの小型特殊舟艇の建造や修繕が行われており、護衛艦は磯子工場が担っています。
建造ドック1基と修繕ドック1基、浮ドック2基を有し、商船から護衛艦の建造、修繕を行っています。
現在はいずも型1番艦”いずも”の空母化改造工事が修繕ドックで行われており、護衛艦や潜水艦の修繕は浮ドックで行われることが多々あります。
因島事業所
※2026年3月時点 グーグルマップ
因島は新造は行わず、修繕に特化した造船所です。カナデビア系列の内海造船を挟む形で立地しており、修繕ドック3基のうち1基が少し離れた場所にある、珍しい形をしています。
商船から護衛艦まで多数の入渠実績があり、米海軍のミサイル追跡艦などの修繕実績もあります。
名村造船
三菱やJMUが古くから艦船事業を行っていた一方、名村造船は商船建造を行ってきた造船事業社です。
2001年函館どつくへの資本参加から艦艇修繕に参入し、2007年に子会社化しました。また、2014年に旧佐世保海軍工廠をルーツにもつ佐世保重工業を子会社にし、修繕所の規模拡大を行いました。
このため、本体の伊万里工場は商船建造のみであり、護衛艦の修繕は上記の子会社が行っています。
函館どつく
※2026年3月時点 グーグルマップ
北方方面では最大級の造船事業社である同社は、函館造船所と室蘭製作所の2つの造船所を有し、商船の建造や修繕のほか、護衛艦の修繕を行っています。
函館は建造船台1基と修繕ドック3基を持ち、大湊基地を母港にする護衛艦の修繕などを行っています。もちろん、商船建造のほか、津軽海峡などを行き来するフェリーの修繕も行っています。
室蘭は新造は行っておらず、引揚船台2基と修繕ドック1基を有しています。こちらは艦船事業を行ってはおらず、商船向けの造船所と言えます。
佐世保重工業
※2026年3月時点 グーグルマップ
もともと海軍艦艇の修繕拠点として建設されたことから、同社のドック数は驚異の6基であり、そのすべてが修繕用に使用されています。
このうち1基は米軍所有地として使われており、また最大規模の第3ドックについても米軍に優先権があるとされています。これは米海兵隊の拠点が佐世保にあり、揚陸艦の入渠ができる設備が付近にはないからです。
なお、2022年まで第4ドックのみ新造船用でしたが、現在は新造/修繕兼用ドックに転換されました。
※新造船から撤退したわけではないとのことで、あくまでも休止という形です。しかし、今後よほどのことがなければ新造を再開することはないと思われます。
その他
上記の事業社のほか、海上自衛隊大湊基地には修繕用のドックが1基あります。これは海自が自前で持つ唯一のドックです。
※海上自衛隊大湊地区隊 公式ツイッター
また、旧横須賀海軍工廠を引き継いだ横須賀基地にもドックが6基あります。同基地は在日米軍の拠点であり、事実上第7艦隊の母港となっています。
※2026年3月時点 グーグルマップ(横須賀基地)
ドック6基のうち大型の3基は米軍専用となっており、残り3基が日米共用と言えます。しかし、艦艇の大型化に伴い現代の護衛艦の入渠は不可能です。
2025年に護衛艦は米軍用のドックへ入渠したことから、今後は共用化が進むことになると予想されます。
ドックは足りている?
ところで、これら護衛艦をはじめ水上艦船の入渠設備は足りているのでしょうか?
護衛艦の総数は護衛隊群32隻と地方隊21隻の計53隻であり、5年ごとに定期検査をうけることから、1年あたり約10隻程度が入渠する必要があります。
さらに、護衛艦のほか補給艦なども同様に検査が必要のため、数隻がプラスされることになります。また、造船所では護衛艦のみではなく巡視船や一般商船などの入渠も受けており、必ずしも全部のドックを護衛艦で使えるわけではありません。
JMU(呉、舞鶴、磯子)、三菱(長崎、玉野)、佐世保では艦船修繕を積極的に受けており、これらのドックを合わせると10基となり、護衛艦のみで利用できるのであれば数の上では足りています。
しかし、護衛艦が米海軍横須賀基地で修繕を受けるように、実際には足りているとは言い難い状況です。特に、護衛艦の大型化とシステムの高度化などで、かつては半年程度で済んでいた定期検査も1年程度にまで長期化が進んでいます。
さらに、中国の進出に伴い米第7艦隊が増強された場合、ドックの確保はより難しくなります。
終わりに
今回は国内の護衛艦向け造船所を紹介いたしました。
建造は三菱とJMUにほとんど集約され、修繕についてはその他数社が参入しています。しかし、艦船専門の造船所というわけではなく、商船やその他船舶も受け入れていることから、必ずしも数に余裕があるというわけではありません。
特に、大型化に伴い入渠できるドックが減少していることは、言い換えるとそれに対応した拡張工事がなされなかったことを意味しています。
今後それらについて国が支援するのか、あるいは工廠設備のようなものが新設されるのか。何かしらの動きがあればまたみていきたいですね。

















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