今治造船とJMUに資本提携。ネットではかなり盛り上がっておりますし、実際これまでの常識を覆すほどの再編となることは間違いありません。
ただ、大切なことを知っていただきたいのです。
重工業企業が地方の専業メーカーの傘下に入ったことはあります!!
旧佐世保海軍工廠を引き継ぎ設立された、佐世保重工業という企業です。現在は名村造船の完全子会社となっておりますが、実は以前に別の会社の傘下にありました。
第2次大戦後シベリア抑留を経験し、堀の無い刑務所として大西工場内に刑務所を構えるなど、独特な方が経営をしていた時代のことです。詳細は『小説会社再建 太陽をつかむ男』という本に詳しいのです。
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当時の社長、すなわち坪内氏は佐世保市長など政治家から佐世保重工の再建を依頼され、渋々請け負った歴史があります。
というのも佐世保重工業はVLCC(大型石油タンカー)の建造に注力しており、オイルショックによって市場が崩壊、赤字転落という社史をたどります。
その結果、四国の1造船専業企業だった新来島ドック(当時は別名)の傘下となりました。残念ながら、その後新来島ドック本体も経営危機に陥り、グループ解散となります。
坪内流の再建は強力な方針で行われました。この良し悪しは別に研究者がすべきことですが、もし坪内氏の支援が無ければ間違いなく倒産、解散していたことでしょう。延命という観点から見ると、氏の支援は間違いなく成功でした。
重工が地方専業企業の傘下にはいること。実は造船業には前例がありました。そういう話を今回は致しました。
今回はJMUが今治の傘下になるわけではなさそうですが、こういいうこともあったよということをぜひ知っていただきたく、記事にしました。
それでは~。
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