さて、今治造船とJMUとの衝撃的な提携が発表されてから、少し時間が経ちました。世間では、三菱重工香焼工場の大島造船所への売却でいったん影が薄くなってしまいましたが、それでもなお年の瀬最大のニュースといっても過言ではないでしょう。
そこで、今回は今治とJMUの比較をしたいと思います。比較対象はドック数やその規模、建造船などを考えております。
ニュース記事などでは主に建造量や売り上げなどを中心に比較されており、そういう観点のほうが経済的にも重要です。なので、ここではそれ以外から比較します。
~お品書き~
設備比較
まずは設備についての比較を行っていきましょう。本当はドックのみならずクレーンなども比較するべきなのですが、いかんせん造船会社は情報の公開に積極的ではありません。
実際、今治造船はHPにて設備の規模などが記載されておりますが、JMUに関しては旧IHI-MUやユニバーサル造船時代、あるいはそれ以前のものでさえ入手困難な状況です。第2次設備処理(1988年)時の記録は少なくとも入手できますので、それ以後に関してはどうなのかがわからないところですね。
ただ、規模に関しては、設備処理後に拡張はほとんどありません。唯一の例外が今治造船であり、それ以外はむしろ縮小や撤退、新造ドックから修繕ドックへの移行がほとんどです。ごく少数ですが、1990年代以後の市況の回復により修繕ドックだったものを建造用に変えた会社もあります。そういう情報が少ないのがやはり研究者泣かせでした。
私が大学院で研究してきたのはおもに中手造船業で、実際に造船所へ赴きインタビューなどで入手することはできましたが…。ちなみに、情報公開禁止のものも多数あります。例えば写真や当時の話などですね。もちろん、公開することはありませんが。
今治造船
今治造船は本社工場工場とグループ会社社で構成されております。建造船台2基、建造ドック13基の計15基で、このほか修繕ドックが2基あります。
今治造船は瀬戸内を中心に工場やグループが形成されておりますので、社員は2時間かからない程度で全工場を回れます(笑)
というよりも、それを意識してグループ化を進めました。
※出所は本社、並びにグループ社のHPより(2020/1/11確認)。数値はメートル(以下、全ての表はメートル表記)
※クレーンも重要な指標ですが、情報不足から記載を外してます。
JMU
JMUは逆に全国的に散らばっております。というのも、JMUはIHI-MUとユニバーサル造船の2社の統合により誕生した為です。さらに、その2社もまたもともと別の会社が統合して誕生した企業でもあります。
※HPより
図のように、IHI-MUはIHIの船舶部門と、住友重機械工業の艦艇部門が事業統合して誕生したマリンユナイテッド(MU)にIHI船舶海洋事業が統合し誕生しました。なので、住友としては現在も造船事業を続けております(住友重機械マリンエンジニアリング株式会社)。
もうひとつのユニバーサル造船は、JFEと日立造船の船舶部門が統合して創業しました。こちらの場合は、商船も艦艇も含んでおり、2社の造船事業の全てが統合となりました。
このような歴史から、その拠点場所も全国的に広がる事となりました。
建造ドック8基に建造船台4基の計12基と修繕ドック8基(フローティングドックは除外)となりますが、JMUは艦艇の建造も行ってます。
なので、商船事業としては建造ドック6基と修繕ドック3基程度だと考えられます。
※JMUはHPにドックなどの情報がありません。上記の数値は各種新聞や機関誌、産業雑誌などに記載されたものとなります。なので、最新の情報ではありません。
※例えば鶴見の船台は現場訪問とかいこう館では船台の数が違います。どちらが新しいかでさえわからないので、ここでは日付が記載されている現場訪問を基に作成してます。
※クレーンは確認できたもののみを記載しております。
生産分業
さて、商船建造に限ると今治造船は建造ドック13基、建造船台2基でした。一方のJMUは建造ドック6基程度と考えられます。これは、例えば磯子工場にて海自DDH型や客船など建造船が確定していないためです。
しかし、長大なドックで小型船を建造するのは非常に無駄が多く、複数のドックを有する企業は生産分業を行っております。
生産分業とは、例えばこの工場では小型船や特殊船などを主に建造するとのように、建造する船種や規模を工場別に分けておくことを言います。またJMUでは特殊技術が必要な艦艇は主に磯子や鶴見で建造するなどとしております。
なお、船のサイズは一般的にある程度呼び方が決まっております。例えば、バルクキャリアはこのように分かれてます。ただし、中型船だとか大型船だとかの分類については人によりけりです。
※パナマックスは拡張工事が完了し、より大きな船舶も通化可能となりました。
今治造船
今治造船は「船のデパートを目指す」という方針の下、艦艇を除く全船種を建造できる技術があります。ただし、主としてはバルクキャリアの建造を重視しており、事実建造船数もトン数もバルクが一番上位にあります。
まず小型船は本社工場としまなみ造船、あいえす造船の3工場(2ドック、2船台)が主体となっております。中型船は丸亀、岩城造船、新笠戸ドック、南日本造船の4工場(7ドック)が主体として建造。大型船は丸亀(第3船渠)、広島、西条の3工場(4ドック)でしょうか。
大型船は自社工場で建造し、小~中型はグループ企業で建造するという意思が感じられますね。
ただし、これはあくまでもドック規模から考えられるものでしかありません。事実、本社工場で中型船も建造します。なので、あくまでも参考程度に考えてください。
JMU
今治造船が長さ100~200m級のドックを有するのと異なり、JMUは舞鶴の200m級1基の次に呉の300m級に飛ぶなど、やはり規模が大きいですね。
これに関しては、私の造船研究でいずれ記事にする予定ですが、2度の設備処理が大きく影響しております。というのも、日立造船やIHIなどの大手企業はVLCCの連続建造を目的として表内のような工場を建てました。
そして、設備処理時にこの大型ドックを維持する代わりに、他の工場を廃棄した歴史があります。なので、大型ドックが残ったわけですね。
という事で、JMUは中型1工場、大型3工場5ドックとしましょうか。
建造船
両社の比較もいよいよ最後となりました。この両社、どのような船を建造しているのか、見ていきましょう。ただし、両社共に全船種を建造できますので、こればかりは検討のしようがありません。
まず重要なのは、今治造船グループは主としてバルクキャリア建造、それもハンディサイズからパナマックスサイズであるという事です。なので、それ以外の船についてはJMUの方が建造数が多いといっても過言ではありません。
現在ではシリーズ船と呼ばれる企業ごとの標準船戦略が普通となってきました。同じ型の船を作る方法です。なので、顧客によって最適な船を一から作る事は特殊な事例(例えば客船などの1点もの)が無ければあまりありません。
艦艇や巡視船、海洋物などは今治は建造していないので、それを除いて見ていきます。
タンカー、LNG、LPG
タンカーは主に運ぶ内容によって分類されます。原油タンカー(原油を運ぶ)のほかプロダクトタンカー(石油製品)、ケミカルタンカー(化学製品)、LPG船(液化石油ガス)、LNG船(液化天然ガス)が代表的です。
かつてはVLCCよりもさらに大きいULCC(Ultra Large Crude Carrier:超大型原油タンカー)も存在しましたが、今はほとんど残ってはおりません。ちなみに、ULCCは原油を30万トン以上積み込みます。
今治もJMUも両社共にこれらタンカーの全てを建造可能です。特に今治は三菱とLNG分野で提携しており、MILNGカンパニーという企業を立ち上げております。
ただし、重要なのはJMUの大型船建造設備はもともとVLCCの連続建造を目的に作られたものという事です。なので、バルク建造主体の今治よりもJMUの方がVLCC建造数が多いのは当たり前といえます。
コンテナ船
コンテナ船ではTEUという指標が使われます。1TEUとは20フィートコンテナ1つの事で、例えば1万TEUコンテナ船であれば、20フィートコンテナを1万個積めるコンテナ船という事となります。
コンテナ船に関しては、大きさだけで言うと今治造船の20,000TEUの方が大きいといえます。JMUがこれまでに建造した最大船型は14,000TEUです。ただし、これは建造していないだけで、技術力が足りないというわけではありません。
JMUは6,500TEU未満のコンテナ船がHPに書かれていませんが、実際それ以下の船は恐らく建造していないと思います。逆に今治は20,000TEUから1,700TEUまで記載されており、実際に自社工場やグループ企業で建造してます。
JMUではそのような小型コンテナ船を建造することをそもそも想定していないので、これはその通りなのですが……。
バルクキャリア
実は、日本造船業において一番競争力が高いのはバルクキャリアだったりします。高付加価値船に分類されるVLCCやLNG船、LPG船はむしろ韓国に優位があります。コンテナ船はロット受注が出来る韓国や中国に分があります。ちなみに、バルクキャリアは低付加価値船に分類されます。
やはり今治造船は小型バルクから大型まで幅広く建造可能な体制にあります。しかし、JMUもハンディマックスサイズから建造しており、ヴァーレマックスと呼ばれる世界最大級のバルク船をも建造してます。
まとめ
さて、簡単にですが以上で比較を終えます。いかがだったでしょうか?
改めてまとめると
・両社とも建造船種は幅広く取り扱っている。
※艦艇や巡視船などの官公庁船はJMUのみ
・今治は小型船から大型船まで建造しているが、JMUは中型船以上から対象にしている。
・工場の場所は今治が瀬戸内に集中する一方、JMUは全国的に広がっている。
提携については今後どのように変わるのか解りませんが、大型船建造可能なドック数が一気に増えることからロット受注に対しての対応力が増加するのは間違いありません。韓国のように1工場に9ドックあるようなことと比べるとさすがに劣りますが、それでも市場機会を手に入れられる可能性は大きくなるでしょう。
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